スキップしてメイン コンテンツに移動

経済革命(1) キューは救国のキュー

さあ、いよいよ堂免信義さんの日本と資本主義を救う「経済革命」について勉強するときがきたな。
この提案は壮大なものなので、すべてを詳しく検討することはできないけど、さわりの部分は今日の議論で大体理解できると思うよ。
詳しくは『脱・資本論』を読んで自分で考えてみてね。

まず、彼はこの「経済革命」の目的についてこう述べています。

 ローカルな協力により地域の人々の生活水準が着実に向上する経済と、現行経済(グローバルで利益追求)の並列運用


"地域の人々の生活水準向上"とはっきり謳っているのがいいね。
そして、現行経済は「有利子グローバル競争型」、並列運用する方を「ゼロ利子ローカル協力型」と表現しています。二つの異なる経済システムのいいとこ取りをしようという意味です。

--それぞれの意味はなんとなくわかるけど、並列運用ってどういうことなんだろう。


たとえるなら、中国がかつて香港で採用していた「一国二制度」みたいなものかな。
中国本土は共産党独裁で、香港だけは民主制を許し、でも国としては一つだよ、みたいな。
あるいは江戸時代のように、基本的には鎖国だけど、長崎出島だけは海外に向かって開かれている、みたいな。
ただ、地理的に二つを区別するのではなく、通貨の流通場面で区別するんだ。

どんなことかというと、この経済革命方式は、国内は基本的には自国で生産したものを自国で消費する「地産地消」型の循環経済システムとし、でも海外との交易は認めるという基本方針のもとに設計されているんだよ。
そのために、国内で使う通貨を「円」から「キュー」という新しい通貨に切り替え、給与も物品やサービスの売買も全てキューを使うことにするけれど、海外とのおカネのやりとりは従来通りできるように円とキューは互いに交換できるとするんだ。

--なんのために新しい通貨を導入するんですか?


まず第一は、おカネを腐らせるためさ。
経済活動の結果、儲ける人と損する人が出るのは仕方ないけれど、困るのは儲けた人がおカネを溜め込んでしまうことなんだ。そうすると社会内を流通するおカネが減ってしまうからね。
特に大きく儲けた人は全額を消費や投資に回すことはないから、今のような格差社会では余計溜め込むことになるんだ。しかし、おカネは経済を回すための「社会の公器」(堂免信義)だから、それを貯め込むのは一種の反社会的行為だな。
これを防ぐにはおカネを腐らせることで、貯めておいたら損するような通貨にすることなんだ。

--腐らせるって、どうすればそんなことができるの?


ここが天才的なんだが、要するにお札は一切やめて電子マネー一本にしてしまうんだな。
国民一人ずつに個別口座を作り、すべてのキューのやりとりはこの個別口座で行うこととし、毎月そこに平均していくらくらいキューが貯まっていたかを調べ、それをある比率で減らしていくんだよ。これが腐らせるという意味さ。これを堂免信義さんは「通貨税」と呼んでいるんだけど、その通り、減らした分は国が回収するんだ。
誰でも減っていくのは嫌だから、消費するか投資に回すはずだろう?
つまり、おカネを溜める人はいなくなるってわけだ。

--個別口座はどこに作るんですか?


どこか好きな銀行に作ればいいようだね。

--個別口座を使うというそのやり方だと日常の買い物とか不便ではありませんか?


その通り。だから、スイカのようなICカードに小出しに入れて使うことになるだろうね。
でも、引き出して別の自分の口座に移すことはできない設計だから、タンス預金はできなくなるよ(笑)。

--円とキューは互いに交換できるって言ったけど、そんなことをしたら皆キューで給料(キュー料(笑))をもらったらすぐ円に換えちゃうんじゃないかな。腐るおカネなんて持ってると損だから。


そうならないよう、キューから円に換えるには条件があって、(1) 円借金の返済、(2) 輸入、(3) 外国旅行用外貨購入に限るとするんだ。円からキューには無制限に変えることができるけれどね。
だから通貨をキューに変えても、海外旅行もできるしボジョレヌーボーも楽しめるから、一応今まで通りの暮らしはできるということさ。
しかし、キューは今の円のように為替変動を利用した投機マネーとして国内から流出することはなくなるんだ。

--通貨をキューにするとどうして地産地消が実現するんですか?


そのままでは実現しないね。
一人一人が考え方を変え、同じ日本に暮らす人間としての協力意識を持つしか解決策はないと思うな。
安い輸入品は買わず高い国産品を買うとか、売れた国産品の代金は海外旅行に使うのでなく国内で消費するなどのマナーを普及させる必要があるということさ。
強権発動で輸入品に高い関税をかける方法もあるけど、相手国から反撃を食らう可能性もあるし、またすべての商品を自給できるわけではないから、このやり方は気をつけないと大変なことになりかねないよ。
また、キューから円に換える時、堂免信義さんの提案では1キュー=1円なんだけど、これを変動させて1キュー=0.8円とかに調節すれば輸入抑制はできるよね。キュー・円変動相場制だな(笑)。でも、これも関税みたいなものとして反発を食らうだろうけどね。


(続く)

コメント

このブログの人気の投稿

マルクスの錯覚

堂免さんの最後の著書のタイトルは『脱・資本論』ですが、彼の議論は企業利益についてのマルクスの分析を超えているという意味でまさに的確なタイトルだとボクは思うんだ。 --マルクスは企業利益についてどんな風に理解していたんですか。 彼は資本論という有名な著書の中で、利益は資本家が労働者を搾取するところに生まれると述べています。いや、実を言うとボクも読んだわけではないが、解説書にはそう書かれている(笑)。 易しく言うと、マルクスは労働力というものを一種の「商品」としてとらえ、この商品は毎日適量の睡眠と食事を与えれば復活すると考えたんだ。資本家が労働者に給料を払うのはこの復活を保証するためで、労働者は住む家の家賃とパン代があれば毎日復活し、再び自分の労働力を商品として売ることができる。つまり、給料は資本家から見れば労働力を「再生産」するための手段という位置付けとなるんだよ。他の商品は給料などというものを必要としない代わりに復活しないから、労働力は特殊な商品ということになる。 --なんか、非人間的なとらえかたですね。 資本主義の根底には、人間をカネで買える商品ととらえるような冷酷な人間理解が潜んでいるとボクは思うな。それが現在の格差問題にも顔を出しているんだ。 さて、利益と搾取の話に戻ると、資本家は工場を作りそこで労働者にパンを作らせ、労働者はそれを食べて自分の労働力を「再生産」し、翌日もまたパンを焼く。これには1日3時間働けば十分だが、資本家は労働者をもっと働かせてワインも作ろうと考えた。そこで10時間働かせてパンとワインを生産するようになったが、給料は3時間分しか払わなかった。なぜなら、労働力商品を再生産するにはパンだけで十分だからだ。つまり7時間分の給料を搾取したわけで、これが資本家の利益になる、と考えたわけだ。 --そう聞くと、こういう考えもまたありかなと思ってしまいますが、どこがおかしいのでしょうか。 これまで議論してきたおカネの流れを見れば明らかと思う。パンとワインを買ってくれるお客さんは、社会全体としてみた場合、十分居るだろうか。 --低賃金の労働者だけでは足りませんね。 その通り。 マルクスが資本論を書いた時代には、まだ全ての労働者が資本家から給料をもらって働く賃労働者ではなく、たぶんそれ以外の人々、たとえば王侯貴族とか裕福な商人とか、あるいは農家などの非製造業...

銀行についての錯覚

今日は、銀行についての錯覚について学ぼうと思う。これも堂免信義さんの指摘なんだが、言われるまで気がつかなかったと言う意味では同じ種類の錯覚と言って良いと思うよ。 それは何かというと、世の中に新しくおカネを作り出しているのは銀行だということです。しかも、ただコンピュータで数字をいじるだけ、通帳に数字を印字するだけでそれを行っているのに、高額な利息まで取っているという話です。 --日銀がおカネを作っているのではないのですか。 日銀は、民間の銀行の要求に応じてお札を刷るけれど、おカネを新規に発行する現場は民間銀行なんだ。 つまり、ひらたく言えばこういうことさ。 君が家を建てようとして三千万円の住宅ローンを組むだろう。そうすると銀行は君の口座に30,000,000という数字を書き込み、通帳に印字する。ただそれだけで、この世の中に新しく三千万円のおカネが誕生するんだ。 ただし、この段階ではまだ数字だけ。しかし、いよいよ住宅建設業者におカネを払う時にはこれがリアルマネーとなって動き出すんだ。つまり君の口座から業者の口座に数字が移動し、業者が引き出す段階で初めてお札が必要となり、それが社会に流通していくということさ。 この時、銀行は預金という形で預かっている利用者のおカネ(お札)を使うんだけど、もしそれが足りなかったら銀行が日銀に預けているおカネ(お札)を引き出し、日銀に現金が足りなくなったら新しいお札を印刷するわけだよ。業者が別の銀行から引き出す場合も、銀行間の送金は日銀にある銀行の取引口座間で電子的に行われるから手間はかからない。 このように社会的に確かな需要の裏付け(三千万円の住宅ローン)があるからお札を印刷するわけで、日銀が新しくおカネを生み出したわけじゃない。生み出したのはあくまで民間の銀行なんだ。 これを専門用語で信用創造と言います。 --銀行は預かっている利用者の預金の中から貸し出すのだと思っていました。そういうのを間接金融と言い、株式を発行して直接おカネを調達するのが直接金融と言うと習った気がしますが。 その意味では、銀行はもはや間接金融ではなく直接金融をしていると言っても過言ではないだろうね。 間接金融の場合、貸し手は預金者で借り手は企業や家計、銀行はその仲介をして手数料を取るんだけど、これを直接金融と見れば貸し手は銀行で、借り手は企業や家計というわけだ。 もち...

大富豪誕生の秘密

今日はいよいよ格差の問題に迫りたいと思います。 前回までの議論では、閉じた社会ではおカネの総量は変わらないので、誰かが儲ければ誰かがその「犠牲」になると考えてきました。 しかし、普通に経済活動をしていれば、このメカニズムが働いてもそんなに大きな経済格差は生じないと(直感的に)思われます。 では一体、どんな理由で一握りの富豪が世界の富を独占するような格差が生じるのでしょうか。 --お金持ちは会社の経営者などが多いから、その会社が世界的な巨大企業なら給料もケタ違いに多いので、その状態が続けば大きな格差が生じると思います。 給料の違いに原因があるという考えですね。 たしかに年収10億円の人と年収200万円の人の経済格差は大きいですね。 --しかも、お金持ちはゆとりがあるから株式投資などでおカネを増やすことができるけれど、貧乏人はそんな余裕はないのでいつまでたっても貧乏なまま、ということではないでしょうか。私の父がよくそんな愚痴をこぼしていました。 そうすると、仮に最初は皆平等だったとしても、閉じた社会でおカネを回した結果、小さな格差が生じ、今度はそれを元手に豊かな人はさらにおカネを増やしていく、ということですね。 ところで、堂免信義さんは著書の中で「そのカネはどこから来るのか。そのカネはどこへ行くのか」常にそれを考えよと言っています。株式投資などでおカネを増やすと言った場合、増えたおカネはどこから来たのでしょう。 --安い時に買った株が値上がりしたので売ったとすると、その値上がりした株を買った人から来たのではありませんか。 株式投資をする人たちは、先ほどの議論だとある程度豊かな人たちですから、豊かな人たちの間でおカネが移動してより豊かになる人と損する人が出てくるわけですね。 でも、株価の変動は誰もが正確に予測できるわけではないから、株の売買は一種のギャンブルであるとも考えられます。もしそうなら、ギャンブルの結果大金持ちがポンポンと誕生したというのは考えにくいと思いませんか。 --給料でもなく、株式投資でもないとすると、大富豪はどうして誕生したんだろう・・・。 答えを言ってしまうと、 (1)大成功した事業のオーナー(株主)になることで、所有する株式の 時価総額 が膨大になる (2)会社を上場することで 上場益 を得る  (3)会社を売却することで 売却益 を得る の三種類が...