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増殖するマネーはどこから来るか?

前回は、個人や企業の利益から多額のおカネ(こういう文脈ではマネーというらしい)が「儲け話」に引き寄せられて集まり、結果的に大富豪を誕生させる現象を見てきました。
今日は、なぜおカネは増えるのか、という疑問に正面から取り組み、深刻化する格差問題に挑みたいと思います。
まず、手元にまとまったおカネがあるとして、それを増やすにはどうすれば良いですか。

--それを元手にして商売する。


ああ、それを聞いて安心しました。とても健全な発想だと思います。おカネを増やす最も基本的で正道と言えるのがこれですから。ただ、おカネはあくまでテコとして使うのであって、この場合君が頑張って働くことで増えるんだよね。
おカネだけが自然に増えていく方法はないかな。

--銀行に定期で預けると利子がつき、それを複利で運用すると知らない間に大きく膨らんでいると親が言ってました。

--株を買う。昔は銀行に預けても利息がついたけど、今はほとんどゼロだからこれは無しだな。


株は値下がりしたら増えるどころか減るかもしれないよ。

--でも父は、銀行に預けておくより株を買ったほうがおカネは増えるとよく言ってました。経験からそう言えるんだと思います。そう思う人が皆株を買ったら、株価は平均的に増加する一方ではないでしょうか。


なるほど、株主になると配当金がもらえるし、株価が上昇するなら売り払っても儲けは出るし、銀行預金よりお金は増えるかもしれないね。

--配当金というのかどうか知りませんが、うちは◯◯電鉄の株を持っていたので運賃割引があったことを覚えています。

--うちはデパートの株を持っていて、よく株主優待券をもらってました。でも最近はあまり率がよくないとこぼしてます。


こういう株主優待制度を企業から株主への(割引と言う形を含む)おカネの流れととらえると、配当も含め「そのカネはどこから来るのか(堂免信義)」?

--企業からではありませんか。


もちろんそうですが、企業は何を削ってそのおカネをひねり出しているのでしょう。

--利益から配当するのではありませんか。


その通りですね。赤字になると配当はできませんし、利益が少なくてもできません。
でも、上場会社は配当を出さないと自社の株価が下がってしまうので、そうならないようできるだけ利益を出そうとします。では、その利益はどこから来ると思いますか。

--安く仕入れて高く売ることと、いろいろ節約すること・・・かな。


そうですね。基本的には売り上げを伸ばすことですが、それは言うは易く行うは難しです。比較的手軽にできるのは、コストカットと言いますが、要するに君の言う節約です。
でも、照明をこまめにカットしたり文房具を大事に使ったりするような節約ではたかが知れていますね。

--下請けを買い叩く。


すごい表現を知っていますね。

--ドラマで見ました。


下請けというのは納入業者のことですが、立場の弱い彼らにしわ寄せするのはよくあることです。
立場が弱いといえば従業員もそうですが、実は一番効くのはその人件費なのですよ。

--給料を下げることですか。


そうですが、今の時代に給料を下げることは簡単ではありません。また、業績が振るわなくなったら従業員を解雇できれば簡単ですが、それもなかなか難しい。そこで登場したのが非正規雇用です。正社員は簡単に解雇できませんが、非正規社員、つまり派遣社員やバイトならいつでもクビを切ることができます。今、多くの企業は売り上げを伸ばすことが困難なので、労働力を非正規雇用でまかなおうとしています。売上が思わしくなければすぐ人員カットします。さらには、生産拠点を人件費の安い海外に移し、ひどいものではそこで児童労働や強制労働に加担しています。そうして浮いたおカネを配当に充てたりするのです。
つまり、配当というカネは従業員に流れるはずだった人件費から来ているのです。買い叩かれた下請けでも、結局人件費の切り詰めが行われています。

--ヒッデーなぁ。


ここに面白いグラフがあります。
オウルズコンサルティンググループの羽生田さんという方が財務省の統計を基に作成したもので、2009年から10年間の日本企業の売上高と利益の推移を示しています。



ご覧の通り、この10年で売り上げはほとんど伸びていないのに、利益は5倍になっています。強烈なコストカットばかり行っていた証拠と言えます。羽生田さんは、このようなやり方は人権リスクを増大させると警告していますが、今起きている様々な労働環境の問題はこのような企業の姿勢から来ていると考えられます。
おカネは自然に増えるものだと思っていると、とんでもないしっぺ返しを食らうことになります。ここでも、「犠牲」なくして利益なしです。

--そうすると、利益を追求することは悪いことになってしまいませんか。そんなことはないですよね。


いえいえ、皆が利益を追求することで社会が発展するからそれは良いことだというのはアダム・スミスの思想ですが*)、それが一部の人によって都合よく引用されここまで普及してきたという側面があります。それに、スミスは生産を工夫して付加価値を上げることで利益を出すことを前提にしており、コストカットで利益を出すことを考えてはいませんでした。堂免信義信義さんは、コストカットを考えていなかったのはスミスのうっかりミスだろうと皮肉を言っています。

 *)正確には「各個人が自己の利益を追求すれば、結果として社会全体において適切な資源配分が達成される」

また、マックス・ヴェーバーが著したかの有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に述べられているように、規律を守り額に汗して働くことが神の意志だというキリスト教(プロテスタント)の考えと波長が合った為に、資本主義がキリスト教国で大発展したという歴史的背景もあると思いますが、世界の多くの宗教においては利益を追求することはそのままでは肯定されていません。
有名なのはイスラム教で、利子を取ることが禁止されています。

--禁止ですか。


禁止です。お金を貸す余裕がある社会的「強者」が、お金を借りる必要がある社会的「弱者」から、貸した金額以上を搾取するのは正義に反するという理由です。

--いいですね。なんか、共感してしまいそう。


もう一つの理由として、ただおカネを貸すだけで自分は何もしないで儲けるのは神が許さないという倫理的な側面もあります。いわゆる「不労所得」は倫理違反だという発想と思います。

--だからイスラムとイスラエルは仲が悪いんですね。


え? どういうこと?

--だってユダヤ人といえば金貸し業でしょ。ほら、ベニスの商人のシャイロックよ。


なるほど。ユダヤ人すべてを金貸しと決めつけるのは間違いですが、シンボリックにはそうかもしれないね。
先に「おカネは潤滑油」のところで述べたように、通貨の適正な量は経済活動に見合ったものであるべき、というのがありましたが、この経済活動というのは社会に新たに付け加えた付加価値を指しますから、当然ながらその前提となるのは労働です。付加価値を生まない「不労所得」追求者は排除すべし、と言うことでしょう。
まとめると、利益を追求すること自体は悪いことではないが、働かずして(付加価値を生み出さずして)利益だけを追求するのは倫理に反すると考える宗教は多いということです。
それは、利益の裏には必ず犠牲者がいるからで、この場合は額に汗して働く人、つまり労働者です。
次回はここを掘り下げてみたいと思います。

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