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経済学の錯覚

前回で議論した図をもう一度見てみよう。




この図に示したのは、左辺が産業に投入されたおカネの種類で、右辺がその最終的な行き先だから、両者は等しくなければならないよね。
そうすると、「消費」は両辺に共通だから消してよく、残りはこんな式になります。
 投資+政府支出=貯蓄+納税額(税収)
税収を移項すると次の式が得られるよね。
 投資+(政府支出-税収)=貯蓄
「政府支出-税収」は値がプラスなら支出の方が大きいから「政府の赤字」すなわち「国債発行額」を表していることになり、結局次のような関係式にまとめられます。

 投資+国債発行額=貯蓄


ここで、投資というのは民間の投資のことだからね。税金で行われる公共投資は政府支出に含まれることを忘れないでね。
さて、この式の解釈なんだが、右辺に貯蓄と書かれているので、ほとんどの経済学者は反射的にこの式は「貯蓄の中から投資が行われ、さらに国債が買われる」と解釈しているんだ。貯蓄→投資という流れだね。貯蓄は各人・企業が自由に使えるから、そう思ってしまうのも無理はないんだが、この貯蓄というのは各期ごとの手元資金であり、預金ではないんだよね。

--堂免信義さんはこの式を何と解釈しているんですか。


投資が行われ、国債が発行されると、その全額が貯蓄になると解釈しているんだ。つまり投資→貯蓄で、経済学者の理解と逆転しているのがわかるだろう。
さらに、投資という活動があるから経済が回ることができると述べていて、もし投資がなければ、企業は利益を必要とするから 売上>賃金 の関係から賃金が減り経済は先細りとなって最後は止まってしまう、と指摘しているよ。

--でも、投資も国債も外部からのおカネの注入なんだから、それが貯蓄として溜まるのは当たり前だと思います。


それは、ボクらがこの勉強会を通じてそういう考え方に慣れ親しんできたからだよ。「投資」とか「貯蓄」という単語にだけ反応していると、貯蓄→投資という流れとしか思えないんだ。
ところで、ここでいう貯蓄とは企業と家計の貯蓄のことで、企業の貯蓄とはイコール企業利益だから、
 投資+国債発行額=企業利益+家計の貯蓄
になるよね。家計の貯蓄を左辺に移項すると
 投資+国債発行額-家計の貯蓄=企業利益
となるけれど、"国債発行額"イコール政府の赤字、"-家計の貯蓄"イコール家計の赤字だから、結局こんな式になることがわかるだろう。

 企業利益=投資+政府の赤字+家計の赤字


つまり、企業の儲けの陰には政府と家計の犠牲が潜んでいるんだ。もし投資がなければ、政府と家計の赤字はどんどん膨らんで、最後には詰んでしまうんだな。

--あれ? 先ほど"投資は高額なものだから、貯蓄の中から捻出できるようなものじゃない"と言われましたけど、この式では貯蓄は投資+国債だから巨額ではないですか。


この式は投資が行われたその年の終わりに社会全体で貯蓄がいくらになっているかを示すもので、個別の企業にとってはもちろん大金だし、すでに巨額の投資や国債発行相当額が社会にインプットされているから巨額なんだよ。でも、投資をする前の貯蓄が巨額かどうかはわからないよね。時間軸を意識することがおカネの流れを把握する上で大切だと堂免さんも書いています。

--貯蓄→投資と理解しようが、投資→貯蓄と理解しようが、大きな違いはないのではありませんか。どうせ両者は同じような金額なんだし。


ところが大有りなんだな。
まず、企業や家計の利益つまり貯蓄は、投資という外部からのおカネの供給がないと存在しないわけだが、それを知らなければ頑張れば利益は出る、貯蓄はできると考えてしまうんだよ。そうすると利益の出せない経営者は無能、貯蓄もできないやつは怠け者と言われてしまうだろう。そこから経営者がコストカットに走り、生活保護を敵視する風潮が生まれるんだ。自己責任論というやつだね。

--自己責任論は貯蓄→投資という誤解から生まれたのかぁ。


そうだよ。
さらに、中国が世界第2位の経済大国にのし上がったのも貯蓄→投資という誤解が関係していると知ったら驚くだろう。

--本当なんですか?


鄧小平の時代に中国はそれまでの共産主義から改革開放路線に転換したが、これは政治は共産党の一党独裁のまま経済を市場経済(資本主義経済)にするもので、米国や日本など西側の先進国に門戸を開き投資を呼びかけたんだ(1978)。
途中で天安門事件などもあって挫折の憂き目を見そうになったものの、日本の支援などを背景に(日本は先進国の中で最も早く経済制裁を解除した)経済特区を中心に活発な投資を実現させ、1990年代半ばには「世界の工場」としての地位を確かなものとしたんだ。その過程で技術を米国や日本などから盗んだことはよく指摘されているけど、投資が一党独裁の中国に集中したことの影響についてはあまり論じられていないよね。ボクはそれは貯蓄→投資という誤解が原因だと思うよ。

--どういう意味ですか?


日本を筆頭に、その頃の西側先進国は社会が成熟し始めていて、企業の利益率が落ち出していたので、巨大な人口を抱える中国の市場は魅力的だったし、それ以上に西側に比べ低賃金で働く大量の労働力は羨望の的だったんだな。そこで日本やアメリカの企業はこぞって中国に進出し工場を建て、中国人労働者に安く製品を作らせたんだ。
ところが、工場は西側の資本で作られ、その権利も彼らが保有してはいたものの、投じられた投資は全額が中国の民間金融資産になってしまったんだ。

--日本国内の話と同じですね。


そういうこと。
それが貧しい中国人を短期間に豊かにさせ、今や日本で「爆買い」をさせている理由なんだよ。
もちろん、豊かになった中国人自身も自国経済に投資したからでもあるけどね。
ところが、この投資→貯蓄という理屈がわからない経済学者は、「中国における驚異的な貯蓄率の高さが経済発展を生んだ」などとトンチンカンな分析をしているんだ。あたかも中国人が勤倹な民族だから自然に経済発展したと言わんばかりだが、貯蓄→投資という誤解に縛られていると、それ以外の原因が見当たらないのだろうね。
一方で中国を非民主的な独裁国家と非難しながら、平気で投資を続け中国を豊かにしてきたのは、経済学の錯覚に陥っていたからだとも言えるんだ。

--先進国側のおカネなのに、どうして中国人のものになってしまうんだろう。


別に何もせずにおカネが移転したわけじゃないよ。中国人は投資された資金を手に入れた代わりに工場を建てるという労働力を提供したんだから。それに投資されたおカネには利子を払わなくてはならないし。
ただ、カネだけつぎ込む投資と違い、アメリカや日本の企業は現地に中国との合弁企業を設立してそこに投資したから、第一次大戦後のドイツのようにウォール街に法外な利子を取られるようなことはなかったんだ。また、これまでは自国の労働者に与えられていた工場を建てる機会(雇用)が中国人に向けられたので、そこから得られるおカネも中国国内に流入したのは当然だね。幸い、中国の労働人口は無尽蔵だし、共産党の独裁国家だから効率が良い。西側の企業が夢中になったのも無理はないな。

--空洞化というやつですね。


そう。工場などの設備投資だけでなく、工場での生産活動も中国人に提供されたわけで、これも立派な空洞化だよ。投資してもらう機会も生産させてもらう機会も全て海外に行ってしまえば、日本が貧乏になるのも当然だね。
おまけに日本は市場を開放し、安い人件費で作られた中国産の商品がどっと流入してきたわけだから、国内の生産者はたまったものじゃないだろう。

--政治は何をやっていたのかな。


中国に工場を建てた個々の企業は、商品を安く生産でき、それを全世界に売りさばくことでさらに利益が出ればいいと考えるのが普通かも。ただ、日本国全体を俯瞰してそれで良いのかを考えるのが政治の役割だろう。それが正しく機能していないのは悲しいね。ちゃんと国民の方を向いている政治家がほとんどいなくなっているわけだが、その背景には堂免信義さんの指摘する「経済学の錯覚」が横たわっていると思うんだ。

--経済学者の責任は重大ですね。


そうだよ。そしてもっと深刻な問題として、資本主義自体の宿命が浮かび上がってくるんだが、この重大な問題が世の経済学者から全く指摘されてこなかったことには呆れてしまうな。
どういうことかと言うと、資本主義は自転車操業だということさ。投資がなければ利益は出ないから、どんどん投資し続けなければならないけれど、社会が成熟してくると投資の必要性も減ってくるよね。立派な道路や橋があり、巨大な生産能力のある工場があり、誰もが自分の家を持つようになれば、それ以上どこに投資するのかという問題だよ。

--でも、僕んちはマッチ箱ハウスだから、新しく投資して建て替えてほしいなあ。


そう、本当は成熟社会と言ってもまだまだ投資できるところはたくさんあると思うよ。特に日本では「生活改善投資」が必要な分野は多いはずだね。
ただ、その前提としては個人(家計)の収入が多くなくてはならないけど、そこが逆方向に向いてしまっているのが問題だな。

--日本はびっくりするほど貧しくなったと新聞に出ていました。


投資が減れば社会のおカネ(貯蓄)も減り、労働者の所得も減るから企業の売上も減るだろう。しかも以前の投資で借金してるから、それを返済しなくてはならないけど、返済すればその分のおカネは社会から消えて無くなることは前にも話したよね。しかも利子がついているから返済金額はもっと多くなる。これが追い打ちをかけるので、成熟社会は急速に不景気になるんだよ。今日本で起きているのはこの現象なんだけど、経済学者には何も見えていないみたいだな。

--利子が追い打ちをかけるって?


考えてみてほしいんだが、借金をして投資をしたら、社会全体のおカネは一旦その分だけ増えるよね。でも、おカネが返済されると、返済する金額は投資された金額とイコールだから、社会全体のおカネの量は元に戻ってしまうね。
ところが利子がつく場合は、それ以上に返済しなくてはならないだろ。
そんなおカネはないから、その分は追加で借金せざるをえなくて、これを投資から得られる利益でまかなうとすると、前年以上に投資額が膨らむことになる。
そんなことは続けられないから、いつかは立ち行かなくなってしまうというわけだ。

--日本はいつ頃そうなりそうなんですか?


もうとっくになっているよ。堂免信義さんの本によると1995年あたりまで投資額は増えているけれど、それからは横ばいになり、同時期に国債の発行が急増しているそうだ。

--国債?


そう、投資減少で足りなくなったおカネを政府が国債で負担しているんだ。でないと、経済が縮小し返済もできなくなってしまうからね。
でも、そろそろそれも限界に近づいているけどね。
投資し続けられなければ、そのままでは資本主義は立ち行かなくなるし、利子がその時期を早めているんだ。
なのに、ほとんど誰もそのことに気がついていないのだから、恐ろしい話だよ。
現実を素直に見つめ錯覚に気づけば、資本主義の限界が見えてくるはずなんだけどね・・・。

--どんどん投資し続けると言っても、環境破壊が限界まで来ているから、もうそんなことをしていられないよね。地球が壊れちゃう。


その通りで、投資の内容は厳しく見直さなくてはならないだろうね。
でも、たとえ内容を吟味しても、資本主義は相当難しい事態に直面していることには変わりはないだろうと思うよ。自転車は倒れかけているんだ。

--この式には、国債発行額という項目がありますが、これに関してはどんな錯覚がありますか。


まず、政府が国債を発行するからそれが国民の金融資産として蓄積されるのに、金融資産があるから国債を買ってもらえると錯覚されているね。そこから大きな弊害も生じているんだ。
たとえば今、日本は国債を発行し過ぎているので、そのうち国債を買い支えている国民の金融資産も底をつくのではないか、そうなれば国債を買ってもらえなくなるのではないかと財政当局は心配して、海外にも日本国債を買ってもらおうとしているけど、発行した国債は全額国民の金融資産になるのだから、底をつく心配は数学的にあり得ないでしょ。

--父も、国民の金融資産の多くは高齢者が持っていて、これから老後の生活費や医療費に回していかなくてはならないから、いつまでも国債など買っていられなくなると心配していました。


その心配は、国債を発行し続ける限り大丈夫なんだけどね。ただ、海外に国債を売りさばくとなると話は別なんだ。
海外に国債を売りさばくと言ってもいろいろなパターンがあってね、現在のような円建てと言って、円で発行され円で償還される国債なら、別に海外投資家が買っても問題はないと思うけど、一部の人が言っているようなドル建て、つまりドルで発行される日本国債なんてものが登場すると、相当やばいことになる可能性があるんだ。

--どういうこと?


円建てなら、仮に国債を償還できなくなったらお札(日銀券)を印刷すれば済むけれど、ドル建てではそれができないからね。償還するためには日本が大量のドルを保有していなくてはならなくて、それを返済に充てるわけだが、もし足りなければ日本は国家として債務超過となり破綻してしまうんだよ。これは絶対に避けなくてはならないのは当然だね。

--そういう例があるんですか?


アルゼンチン(2014)やギリシア(2012)が有名だね。原因が国債の不渡りではないけれどお隣の韓国(1997)やロシア(1998)も国家破産したことがあるよ。

--アルゼンチンやギリシアは自国通貨の国債ではなかったのですか?


そうなんだ。アルゼンチンはペソという自国通貨を持っているけど、海外勢は誰もペソなんて弱い通貨を信用していないので、ペソで国債を発行しても買い手がつかないと見込んでドル建て国債を発行してたんだ。
ギリシアはEU加盟国だから通貨は域内共通通貨であるユーロ、したがってユーロ建てという非自国通貨での国債を発行したんだよ。

--日本も国債が国内で買ってもらえなくなって、しかも外国投資家が円は弱いから円建てはダメだと言い出したら、ドル建てで発行しておカネを作る必要が出てくるのではありませんか。


だから、国債を発行すれば全額が国民の金融資産になるのだから、原理的に資金不足という事態には陥らないんだよ。ただ、それを知らない人が国債は危ない、今に紙切れになってしまうと煽り立てれば、おカネはあっても国債が売れなくなることはあるかもしれないね。心配なのはそこだな。それを防止するためにも、この「経済学の錯覚」が早く国民の経済常識になってもらいたいと願うよ。
それと、もう一つ大事なのは、円を弱くしないことだね。円が弱くない限り、国債は円建てで発行できるのだからね。

--円の信用は大丈夫なんですか。


日本は31年連続で世界一の債権国(お金持ち)だということを知っている? それに、ついこの間までは世界第2位の経済大国だったんだよ。
そんな国の通貨が信用されないということはないから、ここしばらくは安心していいと思うよ。でも、このままだと先行きは心配になるな。今日はここまでだけど、いつかその話を取りあげようね。

--今日の話は目から鱗でした。


繰り返すけど、早く国民の常識になってほしいと思うよ。

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