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利益はどこから?

堂免信義さんの最初の著作は『日本を滅ぼす経済学の錯覚』というタイトルです。
今日は、図らずも「犠牲者」を生み出す利益なるものについてみんなで考えてみましょう。そして、そこから明らかになる「経済学の錯覚」について論じてみたいと思います。
まず、企業の収入と支出についてざっくり説明できる人はいますか?

--収入は売上でしょ。支出は原材料費と電気代や水道代などの光熱費や文具代、交通費などの雑費と、あとは従業員の給料かな。


大体そんなところだね。
支出で忘れてならないのは税金で、決算をして利益が確定したら納税します。税金には法人税と地方税があり、赤字だと法人税は払わなくてもいいけど、地方税のうち均等割という税金は赤字であっても払わなくてはなりません。住民税みたいなものです。
図に示すとこんな風になると思います。





左から売上がインプットされ、それが一旦は「貯蓄」つまり手元資金としてカウントされる。

--手元資金ってどんなイメージ?


お店だとレジの引き出しの中にある現金とかその日の売上を預ける当座預金など、通販会社だと売上口座にあるお金などです。会計上は「現預金」つまり現金(レジの中)か銀行預金になりますが、そう言ってしまうといわゆる預貯金と区別できなくなります。そこで、これ以降の議論を混乱なく進めるために、言葉の使い方をこうしましょう。
貯蓄と預金はこの議論では別のものとするのです。

貯蓄=(その期の)収入-支出
預金=過去の貯蓄の累積


厳密に言うとこの定義は問題ありなのですが、大筋の論理には影響しないのでこのまま進みたいと思います。

--わかりました。


そして期限が来ると、仕入れ業者に原材料費を払ったり、電力会社に電気代を払ったり、従業員に給料を払ったりします。この時、そのお金は売上つまり「現預金」から支出されるから、その瞬間にその企業の「貯蓄」はドンと減ります。と同時に仕入れ業者や電力会社や従業員の口座(貯蓄)におカネが移動します。もちろん手渡しの場合もありますが、大半は口座振り込みなどでしょう。

--税金はどうなりますか。


納税先は中央・地方の政府で、原則として毎年の決算が終わったら納税します。政府も特別な種類の企業とみなすことができ、違うのは利益を出すことを目的としていないことで、集まった税金は全て各種公共事業投資と諸経費や公務員の給与に使われます。
では利益はどこから生じるのかな。

--売上からこれらの支出(人件費、原材料や諸経費、税金)を引いたものでしょ。


そうだね。ここで言う利益は厳密には税引き後利益と言います。利益が一応確定してから(その中から)税金を納めるからで、本当の利益という意味で最終利益などとも言います。
さて、企業は最終利益が出ればいいわけだが、これを増やすにはどうしたらいいかな?

--売上を増やす。
--給料を下げるとか。


左辺の売上を増やすか、右辺のいろいろな支出を減らせば利益が出るよね。前回の議論でコストカットについて考えたけど、これは右辺の支出を減らすことにあたるね。
そこで、たとえば従業員の給料を減らしたとすると、何が起きるかな。

--・・・特に何も。


売上が減ったりしないかな。

--お客のほとんどは従業員ではないから、影響ないと思います。


なるほど。
では、一つの企業について考えるのではなく、企業全体で考えてみたらどうだろう。すべての企業が一斉に従業員の給料を減らしたらどうなるだろう。

--従業員が生活を切り詰めるから売上が減ります。したがって利益も減る可能性があります。


この図を見て。ここでは企業全体を「産業」、従業員全体を「労働者」と表現してあります。





売上は労働者や企業や政府の「消費」の結果と考えると、このような矢印で表現されます。そして、売上はその瞬間は手持ち資金の増加となるから、産業の「貯蓄」が増加することはわかるね。
労働者の給料は定期的に産業の「貯蓄」から吐き出され、労働者はそれを消費に回す。それ以外の消費も同様と考えます。
こうしてたとえば一年が経ちました。さて、産業の「利益」すなわち<期末の貯蓄-期初の貯蓄>はいくらぐらいになるでしょう。

--えーと、期初の売上のおカネ自体はどこから来るのですか。


消費者(労働者)の手持ち資金つまり「貯蓄」の一部(前期の繰越分)が「消費」される、でいいと思うよ。もし手持ちで足りなければ、「預金」を下すことになるだろうね。
そして、支払われたおカネはその瞬間に売上にカウントされ店の手元金になるので、結局消費というプロセスを通じて労働者の「貯蓄」から産業の「貯蓄」へ瞬時に移転するわけだね。

--ああ、やり方がわかりました。そうすると、給料日が来るまでは労働者の「貯蓄」が取り崩されて産業の「貯蓄」へ移転し続ける、と。そして給料日になると、産業の「貯蓄」からドンと労働者の「貯蓄」へ移転する、と。


そうです。さて、そのようにして年末になりました。さあ会計を閉じてください。利益はどうなったかな。

--あれ、利益はゼロだ・・・。


詳しく説明してください。

--だって、いつのタイミングでも消費=売上ですよね。そうすると、右辺(収入)と左辺(支出)が常に等しい、つまり産業と労働者の世界に外から入ってくるおカネも外へ出て行くおカネもないわけですから、貯蓄の増えようがないことになりませんか。


堂免さん流の考え方がだいぶ身についてきたね。
より正確に言うと、貯蓄=産業の利益+労働者の利益=ゼロ が答えとなります。もし産業が利益を出そうとすると労働者の貯蓄がマイナスになってしまうけど、これはつまり産業が利益を出すために給料を減らし、労働者が預金を取り崩して生活せざるを得ない場合に相当します。

--その議論はおかしくありませんか。産業の売上は全て労働者の消費から来ると仮定していますが、食品や衣類などはいいとして、建物や道路や橋や機械を作る産業の場合は消費者が直接買ってくれるわけじゃないですよね。そういう産業で働く労働者も食品や衣類などを買ってくれるので、この図の「売上」は右辺の「消費」よりずっと大きいはずです。もしそうなら、そこから十分な利益が生まれると思います。


良い点に気がついたね。食品や衣類などを製造し販売する「消費系産業」の売上は、その従業員だけでなくそれ以外の「非消費系産業」の労働者によってももたらされる、ということだね。だから
 左辺>右辺
となり、利益は出るはずだというわけだ。
それじゃあ「非消費系産業」の売上はどこから来るのかな。

--住宅だと労働者の貯蓄・・・じゃない、預金から来るでしょうし、機械などだと企業の預金から来るのだと思います。


政府はどうかな?

--そうだ、集めた税金は消費だけじゃなく、むしろ大半は公共投資に使われるんだった。これも「非消費系産業」の売上に流れ込むんですね。


そうです。
さて、この先の議論を混乱させないように、言葉の定義をきちんとしておこう。
今、非消費系という表現を使ったけど、それは正しくは「投資」と言うんだ。投資というのは、高額で長期にわたって使用できる固定資産に支出することで、ボクらになじみの深い「住宅投資」、政府が道路や橋を作る「公共投資」、民間企業が工場や機械などを購入する「設備投資」などだね。
これに対し、価格が安く使ったら消滅して無くなるモノやサービスに支出するのが「消費」なんだ。
なんだけど、投資と消費の境目は実はあいまいなんだよ。たとえば同じパソコンでも8万円のノートPCと30万円のデスクトップPCを考えると、前者は税法上は消耗品扱い(消費)になるけど、後者は立派な固定資産(投資)なんだな。
ま、ここでは細かいことは気にしないで先に進もう。
ボクらのモデルは、投資を考慮に入れるとこんな図で表すことができます。この図では、産業とそこで働く労働者をひとまとめにしてあります。





左辺は産業の売上(インプット)が「消費」「投資」「政府支出」からなる事を示し、右辺はおカネの分配(アウトプット)が「消費」「貯蓄」「納税」である事を示しています。
何か質問は?

--「政府支出」って何ですか?


政府が公共事業として行う政府投資と諸々の経費、それに公務員給与を経由して行われる政府職員の消費を総称したものだね。政府活動の財源は税金だが、納税額との差:税収-政府支出 がマイナスなら、政府の財政赤字ということになるのはわかるね。その場合の支出は国債を発行して補ってるのは以前に議論した通りさ。

--右辺の支出に投資が抜けています。


抜けているわけじゃないんだよ。貯蓄を経由して預金に流れ、そこから投資されるものとして別に考えているんだ。
詳しく説明すると、産業は原材料を使って商品を作り出しそれを買ってもらって利益を出す仕組みだろう。商品を付加価値と広くとらえ、サービスにまで広げれば第三次産業もカバーできるね。買ってくれる人・企業は、商品を消費する目的で買うか(食品やサービスなど)、投資対象として買うか(機械設備など)、政府の事業として買うか(道路など)のいずれかなので、左辺はその三つが並んでいるんだ。
一方、産業にインプットされたおカネは商品の生産に関与した人に分配されるわけだけど、最終的にはそれは消費されるか貯蓄されるか税金として納めるかのいずれかだよね。
で、投資がこの貯蓄から行われるのではと思うかもしれないけど、投資は高額なものだから、レジの引き出しの中から捻出できるようなものじゃないだろう。
じゃあ投資の資金はどこから来るか。
それは過去に蓄積された貯蓄の全体である「預金」、または「借金」から来るんだ。
高収益企業なら「利益剰余金」という預金を取り崩して投資に回せるかもしれないし、不足分は銀行から融資して貰えばいい。ボクも家を買った時には頭金は預金を取り崩し--なくなっちゃった(笑)、それを元に「住宅ローン」を組んで借金したよ。政府も税金だけでは足りなくて国債という借金に頼っていることは知ってるだろう。
とにかく、投資資金は手元資金とは別立てで調達されると考えるんだ。
まとめると、こんな図になるね。





以上、社会の経済活動をおカネの流れという観点で見てみたわけだが、この後はいよいよ堂免信義さんの言う「経済学の錯覚」について掘り下げてみよう。
その前に、次回はちょっと寄り道してマルクスの錯覚についておしゃべりしてもいいかな。

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