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大富豪誕生の秘密

今日はいよいよ格差の問題に迫りたいと思います。
前回までの議論では、閉じた社会ではおカネの総量は変わらないので、誰かが儲ければ誰かがその「犠牲」になると考えてきました。
しかし、普通に経済活動をしていれば、このメカニズムが働いてもそんなに大きな経済格差は生じないと(直感的に)思われます。
では一体、どんな理由で一握りの富豪が世界の富を独占するような格差が生じるのでしょうか。

--お金持ちは会社の経営者などが多いから、その会社が世界的な巨大企業なら給料もケタ違いに多いので、その状態が続けば大きな格差が生じると思います。


給料の違いに原因があるという考えですね。
たしかに年収10億円の人と年収200万円の人の経済格差は大きいですね。

--しかも、お金持ちはゆとりがあるから株式投資などでおカネを増やすことができるけれど、貧乏人はそんな余裕はないのでいつまでたっても貧乏なまま、ということではないでしょうか。私の父がよくそんな愚痴をこぼしていました。


そうすると、仮に最初は皆平等だったとしても、閉じた社会でおカネを回した結果、小さな格差が生じ、今度はそれを元手に豊かな人はさらにおカネを増やしていく、ということですね。
ところで、堂免信義さんは著書の中で「そのカネはどこから来るのか。そのカネはどこへ行くのか」常にそれを考えよと言っています。株式投資などでおカネを増やすと言った場合、増えたおカネはどこから来たのでしょう。

--安い時に買った株が値上がりしたので売ったとすると、その値上がりした株を買った人から来たのではありませんか。


株式投資をする人たちは、先ほどの議論だとある程度豊かな人たちですから、豊かな人たちの間でおカネが移動してより豊かになる人と損する人が出てくるわけですね。
でも、株価の変動は誰もが正確に予測できるわけではないから、株の売買は一種のギャンブルであるとも考えられます。もしそうなら、ギャンブルの結果大金持ちがポンポンと誕生したというのは考えにくいと思いませんか。

--給料でもなく、株式投資でもないとすると、大富豪はどうして誕生したんだろう・・・。


答えを言ってしまうと、
(1)大成功した事業のオーナー(株主)になることで、所有する株式の時価総額が膨大になる
(2)会社を上場することで上場益を得る 
(3)会社を売却することで売却益を得る
の三種類があります。

まず何と言っても自分の会社(株式会社)を持ち、それが大成功しなくては始まりません。自分がオーナーですから、その持ち株の評価額は膨大なものになります。ただこの段階では簡単に換金できないので「潜在的大富豪」ということになります。

そして、ある程度の規模になったら、証券取引所に上場します。普通、上場と同時に新規株式を公募しますが、この時自分の持ち株の一部を売りに出すことができます。大成功し注目を集めている会社の上場ですから、うまくいけば買い手が殺到して高額で売りさばくことも夢ではありません。
もちろん、上場してからも適切なタイミングで自分の持ち株を売ることができ、株価が高止まりしていれば随時巨額のマネーに換金できます。昨年でしたか、アマゾンのベゾスCEOが自分の持ち株を70万株手放して約2730億円を手に入れ話題になりましたが、彼は上場以来度々自分の持ち株を売りに出しているそうです。離婚した時、別れた奥さんに巨額の慰謝料(数百億円)を払うために売ったのもその一例です。

そして最後に自分の会社を売ることでさらに大金をゲットできる可能性があります。zozoの前澤氏は、会社をヤフーに売却することで個人で2400億円を手にしたと言われています。税金を引かれても2000億円弱くらいにはなるそうです。

--ため息しか出てきませんが、このような大金は一体どこから来ているのでしょうか。


上場した時に持ち株の一部を売って得たおカネは株式市場から来ますが、株式市場に流れ込むおカネはある程度裕福な人の貯蓄や企業の利益から来ると言えるでしょう。
また、会社を売って得たおカネ(売却益)は、買った企業の利益の蓄積である剰余金から来ています。

--そうすると、個人の貯蓄や企業の利益が大富豪の富の源泉ということですか。


そうですね。堂免信義さんは議論を簡単にするために、貯蓄という言葉を使わず、<期末のカネ-期初のカネ>を貯金と定義して使っています。一年なら一年を通じて手元で増えたおカネという意味で、この定義によれば企業の利益も貯金ということになります。そうすると、大富豪の富は結局のところ貯金(の集積)から来ていると言えます。おカネが使われずに貯められていることに最大の原因があるわけです。


--ただ、これほどの貯金(の集積)がアマゾンやZOZO一点に集まる理由がわかりません。


人々が儲け話に殺到するのは世の常ですから、そこは理解できると思います。昔と違うのは、これら企業の利益が半端ないことです。そして、アマゾンのような巨大な売り上げを誇る世界的高収益企業の株なら持っていても安心だし、高額な配当も期待でき、売るときには間違いなく値上がりしているでしょうから、皆が買いたいと思うのは当然です。
しかもこうした需要に応えるべく、おカネが集まる道筋は今や全世界に広がっています。私たちは世界の主要な証券取引所にアクセスして世界的な企業の株を買うことができますが、こんなことは昔は考えられないことでした。企業活動と金融取引のグローバル化により、企業が売り上げる金額も証券市場に集まるマネーの量も桁違いに膨らみ、それが想像を絶する大富豪を生むと同時に、深刻な格差を広げているのだと思います。

--一言で言えばグローバル化ですね。


グローバル化とインターネットを駆使した市場開拓力の合わせ技ですね。

--そうは言っても、大富豪誕生の秘密はなんとなくわかりましたが、それだけでは現在見られるような社会の隅々にわたる格差拡大の理由にはならないように思うのですが・・・。


それを解明するヒントは、大富豪を誕生させた原資となるマネーが結局のところ個人や企業の利益から来ることにあります。次回はそのあたりを詳しく見てみましょう。

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