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経済革命(2) 信用創造は国が管理

もう一つ、堂免信義さんの「経済革命」では、キューの発行管理を行う新しい公的な「ローカル銀行」を設立し、国債発行を不要とする財政を実現します。
これも実に巧妙な設計で、国債に関する最大の問題は利子の支払い負担に起因する財政の不安定化であることから、国債を発行する代わりに政府はゼロ利子で借り入れできるようにしようというものなんだ。
もちろん民間銀行ではゼロ利子貸付なんてことはできないから、それができる公的な「ローカル銀行」を作っちゃおうという発想なんだと思うよ。その代わり、今までのように民間銀行で勝手におカネを生み出す信用創造はできなくするんだ。
これまで不可能だったリアルタイムでの通貨供給量の把握は、信用創造を公的なローカル銀行が一手に引き受けることで可能になるわけだが、経済運営においてこれは凄いことだと思うよ。

--公的な銀行というのはどんなイメージですか?


政府が大半の出資を行う政府系金融機関のことで、日銀やかつての輸出入銀行(現在の国際協力銀行)のようなものだろうね。おカネというエンジンオイルは公共の財産なんだから、それを政府が制御するのは当然だと思うよ。
堂免信義さんの提案では、新しい通貨キューの発行は全てこのローカル銀行で行うとするんだ。そして民間銀行がキューを貸し出す時には、毎回ローカル銀行からキューを融通してもらい、それを貸し出すんだよ。つまり、これまでのように勝手に融資先の口座に貸し出し金額を書き込むことはできず、従って信用創造はローカル銀行だけの権限とするわけだ。
さらに衝撃的なのは、キューには利子がつかないってことなんだ。
これまで民間の銀行は借り手の口座の数字をちょこっと書き換えるだけで多額の利子を受け取ることが許され、一方投資をすることで社会におカネを供給するという社会貢献をした借り手は巨額の利子を返済させられるというのは、どう考えても不合理というしかないだろう。ゼロ利子で運用されるキューにはこうした不合理をなくす目的があるんだ。これにより

--おカネを借りれば利子を取られるのは当然だと思っていましたが・・・。


それは、汗水流して働いて得たおカネを融通するというイメージの場合だろうけど、今はそれがなくてもおカネは(信用創造により)生み出せる時代だからね。そして、返済はそれでなくても大変なのに、巨額の利子まで払わなくてはならないのは借り手にとって大きな負担で、返済不履行など様々な社会不安の原因となっていることを知れば、ゼロ利子でおカネを借りられるのがどれほどありがたいかは言うまでもないよね。おカネはできればサラサラ流れるに越したことはない。エンジンオイルはあまり粘り気が強いとエンジンそのものを壊してしまうんだ。

--キューを借りると利子がつかないのはわかりましたが、キューで預ける場合は利子はどうなりますか?


キュー預金には利子はつかず、逆に貯まっているキューには前に話したように「通貨税」がかかるので目減りしていきます。

--じゃあ、誰も銀行に預けなくなるんじゃないのかな。


その通りです。そもそもキューは消費と投資のため、つまり使うためのおカネであり、貯めることを想定していません。貯めておいてもどんどん減るだけです。

--できるだけおカネを動かして経済を回すというのはわかりますが、将来に備えて蓄えておく必要性はいつの時代でもあるんじゃないですか? それができないのは困るなあ。


それは誰でも心配する点だよね。これに対しても堂免信義さんは手を打っていて、「定率年限債」という債券の利用を勧めているんだ。
これは、貯まっているキューが通貨税をかけられて目減りするのに対し、目減りしないおカネのようなもので、企業が発行します。もちろん市場で取引されるものだよ。
具体的には、定率5%の20年もの債券だと、預けたキューの全額が毎年5%ずつ20年にわたり分割返還されます。別に利子がつくわけではないので、現行経済に慣れている人には何がうれしいのかわかりにくいかもしれないけど、放っておけばどんどん目減りするのを防ぐので、大変魅力的な債券だと言えるんじゃないかな。

--キューはどのくらいの割合で目減りするんですか?


堂免信義さんは通貨税を一応毎月1%と考えているようで、この税率で考えてみよう。
もし、もらった給料を一ヶ月で使い切ってしまう人(昔のボク(笑))の場合、使うペースが一定なら個別口座に貯まっている平均の金額は給料全額の半分だから、結局給料の0.5%を通貨税として毎月徴収されるわけだね。これは現在の所得税よりはるかに安いよ。
さて、もし給料をそのまま手付かずで10年貯めておいたらどうなると思う?

--手付かずだと、毎月1%まるまる取られるから残りは99%ですよね。それが10年続くと・・・120か月だから、0.99の120乗になります。この計算はえーと・・・。


ネットにべき乗計算をしてくれるサイトがあるから、それを使ってみて。例えばこれなど。
 カシオkeisan(https://keisan.casio.jp/exec/system/1294758675)

--答えは0.299380… となりました。


つまり、10年でたった30%になってしまうわけだ。
ところが上に述べた「定率年限債」なら全額が残るわけだから、キュー経済の世界ではこれは魅力的な金融商品であることがわかるだろう?
しかも、これを発行した企業は手に入れたキューで投資するわけだから、いいことずくめなわけだ。
実はこれまで述べてこなかったけれど、民間銀行から融資をしてもらう時、企業は本当はゼロ利子で借りることはできなくて、0.5%くらいの管理料を払うんだ。見方によればこれは利子みたいなもので、率は大変小さいけれど、負担ゼロというわけではない。それに比べたら、資金調達を定率年限債発行に頼る方が多いかもしれないね。

--でも、債券ということは発行した会社が潰れてしまったらパーになってしまいますよね。


それは現在の社会と同じだよ。絶対安全というわけではないな。それでも、人々は大丈夫と判断すればどんどん社債などを買っているだろう?
実は『脱・資本論』には、目減りを覚悟で貯金(個別口座に残置)しても二、三年に限れば現在の所得税と住民税(「経済革命」後はなくなる)を合わせたより得であることが書かれているから、安全性を選ぶならそれもあるね。おカネの長期保存には向かないけど。

--初めに国債をやめてキューで借りるとか言ってましたね。


そうそう、それが公的銀行たるローカル銀行の最大の眼目なんだ。
要するに、無利子で、しかも返済義務なしでキューを政府に貸し出すんだ。

--えっ? 返済義務なしなんですか?


そう。正確には無期限なんだが、とにかく政府が民間からおカネを借りて事業を行うということはなくなるんだ。もちろん政府事業に必要なおカネは国民からの徴税でまかなうんだけれど、それで足りない分はローカル銀行から無利子・無期限で貸してもらうんだ。もう国債発行は不要になり、財政赤字と利子にまつわる諸々の不都合は一切過去のものとなるんだよ。夢のような話だが、この「経済革命」はそれを可能にするんだ。

--どうしてそんなことが可能なんでしょう。


一つには、個別口座に残っているキューにかけられる通貨税から自然に回収されるためだけど、より基本的には、これまでおカネ持ちが溜め込んでいた大量のおカネが露わになり、そこに通貨税という網がかかるからさ。
利益には犠牲が伴うのだからと言って、おカネ持ちからおカネを取り戻すのは容易ではないことは以前に議論したよね。しかし、今回キューという新しい通貨を導入するということは、これまでも世界中で何度か行われてきた通貨切り替えを行うという意味でもあるんだよ。
すなわち政府はある日、旧通貨は今から使用を停止し、国民はすべての現金を銀行に預金するように、と布告するんだ。そして、預金は封鎖され、今後は生活費や事業費に限り新通貨で引き出すことを認める、などと宣言するんだな。日本では戦後、ハイパーインフレを懸念して「新円」に切り替えが行われ、旧円は紙くずになったことがあるよ。

--通貨切り替えをすると、どうして溜め込んでいたおカネが露わになるんですか?


タンス預金など税金に取られないようあちこちに隠しておいたおカネは、隠し続けていても紙くずになるだけなので、渋々すべてを明るみに出さざるを得なかったんだ。
当然、それらすべてに課税すれば、税収は増えるよね。いつの時代でも、税務当局は新通貨への切り替えをやりたがるものなんだけど、それはこういう理由によるんだ。
「経済革命」で円はなくなるわけではないけれど、国内を流通する通貨は新しいキューになり、しかもそれは電子マネーとして全額がもれなく個別口座で捕捉されるわけだし、課税は月単位だから、たとえ0.5%だろうと通貨税の効果は大きいんだよ。

(続く)

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