日本の貧困率がG7中、米国に続いてワースト2に入るという報道がありました。ひとり親世帯に限ると、なんとOECD35ヶ国中のワースト1位だそうです。かつてジャパン・アズ・ナンバーワンともてはやされていた国が今やジャパン・アズ・ビンボー・ナンバーワンです。
貧困率というのは少しわかりにくい概念ですが、ざっくり言えば国民の平均可処分所得つまり自由に使える収入の半分を下回る人の割合のことです。
手元の資料を見ると、1997年には日本の平均可処分所得はほぼ300万円、それが2018年になると253万円に激減します。他の国は軒並み賃金が上昇しているのに、です。
その半分未満の収入ということは年間127万円以下、月額にすると10万円となります。
家賃から一家の食費や洋服代、医療費からスマホやパソコンの通信費までオール込みで月10万円以下の暮らしは、体験した人でないとわからないと思います。少なくともボクには想像もつきません。もちろん彼らに貯蓄など絶対無理です。しかし、ひとり親世帯の実に50.8%がこんな暮らしに追いやられているのだそうです。
平均値で見てこのような状況ですが、個別に見るとまさに目を覆いたくなるような惨状です。
このような経済情勢下において、日本全体で貯蓄ゼロ世帯は13.4%に上るそうですが、母子世帯に限れば貯蓄ゼロ世帯の割合は31.8%に跳ね上がります(いずれも2019年)。
ボクは高齢者ですが、普通高齢者といえば、豊かな金融資産に恵まれ悠々自適で老後の生活をエンジョイしているとみられることが多いと思います。そういう人もいるでしょうが、それはほんの一握りで、多くは健康不安を抱えながら少ない年金をやりくりしてその日その日を過ごしている人が大半でしょう。
そのことは、(いずれも2015年の値ですが)65歳以上の高齢者のいる世帯の貧困率が27%だという事実からも想像できます。我々の仲間の四人に一人以上が月10万円で暮らしていると知ると、複雑な気持ちになります。この数字はひとり暮らしになると跳ね上がり、おばあさんのひとり暮らしではなんと半分以上の50.8%に上るそうです。
それでいて、日本は31年連続で世界一の債権国(お金持ち)だというのですから、一体何がどうなっているんだと声をあげたくなります。
このサイトは、そんな素人の素朴な疑問に寄り添って経済のイロハを論じたものです。
ディスカッション形式とし、相手は10代から20代の若いひとたちを想定しました。(実際には子供や孫との会話を素材にしています。)
高齢者はもちろん、社会の中堅層も頭の固い人が多く、経済を一から考え直すというような面倒なことはしたがりませんから、若い人たちを相手にせざるを得ないのが現実です。
この世代はZ世代と呼ばれていて、正確には1995 年以降に生まれた人達を指すそうです。
彼らは物心ついた時からソーシャルネットが当たり前だったことから「ソーシャルネイティブ」とも言うそうで、あのグレタさんはこの世代です。
彼らの目から見たこの世界は崩壊寸前で、夢も希望もない破局間近なのだそうですが、ロシアのウクライナ侵攻などを見ていると破局が迫っているという見方もまんざらではなさそうに見えます。
今、手を打たないと文字どおり手遅れになるというのに、議論ばかりで何も進まない・・・これが彼らの「大人観」です。その責任は誰にあるのかと聞くと、普通はすぐ「政治家」という答えが返ってきますが、ボクは最大の戦犯は「経済学者」だと思います。
たとえば、財務省は「(国債発行による)日本国民の借金は一人当たり1,011万円」だと言います。けれども、その借金がそっくりそのまま日本国民にプレゼント(贈与)されているとは言いません。それは財務省ブレーンの経済学者たちがその事実を知らないからです。彼らだけでなく、IMFなど世界の主要経済論者たちも無知らしいのです。
そのため、経済政策が消費増税などトンチンカンなものになっていて、多くの国民に無用の苦労を強いています。
また、景気が悪い時の庶民の家計防衛策は何かと問われたある「経済コメンテーター」は、財布の紐を締めることとスーパーでレジ打ちのバイトをすることだと答えました。"出ずるを制して入るを量る"と言いたいのでしょうが、自分だけが節約するならいいかもしれませんが、国民全体が節約に走ればスーパーの売り上げは減り、バイトを雇うどころではなくなるでしょう。経済評論で飯を食っている専門家のレベルはこの程度なのです。
ボクは、このようなレベルの低い専門家を一掃しないと、日本の将来図は描けないと思っています。
でないと、やれ製造業から金融やITへシフトしろだの、移民を増やせだの、もっと競争原理を取り入れろだの、効率の良い強権政治にしろだの、クソの役にも立たないどころか日本社会を破壊しかねないような提案を知らずに飲まされてしまう危険性が大と思います。
今必要なのは、そうした危険を排することのできるまともな経済議論とまともな経済常識です。
まともな経済議論(ボクはこれを「正気の経済学」と言います)を始めるにあたり、一人の経済研究者とその著作を取り上げたいと思います。
堂免信義(どうめんしんぎ)さんで、コンピュータ関連の世界では有名人です。アマゾンの著者紹介欄にはこう書かれています。
1935年東京生まれ。東京大学理学部卒。大手電機メーカーのソフト部門で初期の大型コンピュータシステム開発に従事し、世界初の仮想メモリ向け基本ソフトを開発した後、金融機関のオンラインシステム構築に参画。情報関連の社内研究所長として、情報処理学会理事やファジィ学会副会長などを歴任。退職後、エンジニアの視点から経済学を研究し、その欠陥を明らかにする著作活動を続けている。著書に『日本を滅ぼす「経済学の錯覚」』(2005、光文社)、『「民」富論』(2008、朝日新聞出版)、『日本を貧困化させる経済学の大間違い』(2010、徳間書店)、『脱・資本論: 欠陥だらけの資本主義をこのまま後世に継がせるわけにいかない』(2014、kindle)がある。
以降の議論では、主としてこれらの著作に述べられている知見を下敷きにして行いたいと思います。堂免さんの主張は、一見意表を突く奇抜なアイデアに見えて、実は極めて真っ当な論理に貫かれた経済「理屈」であり、必ずや現在の苦境、日本経済だけでなく資本主義そのものの苦境から脱する知恵を授けてくれるとボクは信じています。
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